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2019年1月の記事

2019年1月28日 (月)

2019.1.15 神戸女学院 チャペルアワー 奨励

おはようございます。音楽学部の石黒です。

「神は愛なり」は、亡き母が好きな聖句でした。
ヨハネの第一の手紙、第4章12節を、1954年の日本聖書協会編『新約聖書』で繰り返させていただきます。
「神を見た者は、まだひとりもいない。もしわたしたちが互に愛し合うなら、神はわたしたちのうちにいまし、神の愛がわたしたちのうちに全うされるのである。」
私は神が現れないので、ずっと神を受け入れられませんでした。しかし今回聖書を読み直したら、この聖句にリアリティが感じられるようになってきました。
私は前職で幼稚園経営に携わりました。その学園は聖公会の伝道師であった祖母の、偶々出会った小児麻痺のお子さんへの話しかけから始まったものでした。この尊い仕事を、門外漢の私は一生懸命やりました。
しかし私は私学というものが、実際どんな気配ではじまるのか、創始されるのか、ずっと分かりませんでした。その場の空気感のようなものです。「学校」がはじまるとき、そこにはどんな雰囲気がただよっていたのか、それが知りたかった。そのうち海外研修に出かける機会があり、旧東ベルリンの“壁の学校”と呼ばれた、壁が崩壊してできたばかりのシュタイナー教育の学校を訪れたことがありました。みずからペンキを塗って作った教室で、若い教員が熱く、誇り高く、教育を語っていました。シュタイナー神智学の是非は置いておいて、その場で私が感じた“空気”についてお話ししたいのです。それは、
―まだ何も書かれていない、真っ白な未来。理想と不安―。
「私学の誕生」、と言いたいような雰囲気でした。得難い体験であり、私は祖母がかつて感じたであろう“空気”を、理解できた気がしました。
その後私は神戸女学院に専任として奉職したのですが、ここには祖母の学園にどこか似た気配がありました。リトリートなどで本学院の創立のお話を伺い、その精神に通じるものがあると、シンパシーを感じていました。私はここで毎週授業やレッスンをすることにやり甲斐を感じていました。目の前の学生と、音楽を通してある瞬間、共有できる何かがあった。それは音楽そのものの感動とは少し違う、何かです。
また木曜の夕礼拝に参加してみて、同じキャンパスに「教育」と「宗教」の別なる“時”が流れていることに気づいたりもしました。このソールチャペルは、人を内省の“時”に導く空間です。ここでそれに気づくと、やや外に開かれた講堂礼拝でも、また教授会祈祷の際にも「アーメン」唱和を小さな声でできるようになりました。
そうして二十四年が過ぎてきました。
昨年末ごろから、なにやら胸のあたりが温かくなってきました。ほっとしてきたのかもしれません。最近の作曲レッスンにおいて、私なりに深く納得するものがあったことも大きかったです。胸のあたりが温かい。このあたたかさはなんだろう。そのとき、先ほどの聖句に感じるものがありました。
「わたしたちが互に愛し合うなら、神はわたしたちのうちにいまし、神の愛がわたしたちのうちに全うされる。」
さらに、ヨハネ第一の4章別の箇所も読ませていただきます。
1節 「愛する者たちよ。すべての霊を信じることはしないで、それらの霊が神から出たものであるかどうか、ためしなさい。」
7節 「…愛は、神から出たものなのである。すべて愛する者は、神から生れた者であって、神を知っている。」
8節 「…神は愛である。」
神戸女学院では、教育についてさらに知り、私なりに社会と関わり、神様を感じる“場”と、“時”とを与えていただいた。そう思って感謝しています。
そしてまだやり残していること。
夜になると夢を見ます。母の夢、作曲の夢などは目が覚めてからも気にかかります。バロックの作曲家マラン・マレを描いた映画『めぐり逢う朝』では「音楽とは何か?」との問いかけに、「死者への贈り物」と主人公に語らせるシーンがあります。私のこれまでの作曲のいくつか、沖縄、ネィティヴアメリカン、アイヌ、オペラ《みすゞ》、それらはおそらくそういうものであり、私には未来より過去、生者より死者に眼差しが向くところがあるようです。
まだ果たしていない、自分の作曲をなしたいと願う、この頃です。

これで本日の奨励を終わります。長いあいだお世話になり、ありがとうございました。

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