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2016年9月11日 (日)

東京リーダーターフェル委嘱《季節よ、城よ…》について

昨年秋の新作の作曲ノートです。少し時間が経ちましたがブログに挙げておきます。

東京リーダーターフェル1925創立90周年委嘱作品
《季節よ、城よ…》について

男声合唱団東京リーダーターフェル1925創立90周年を心よりお祝い申し上げます。 その記念すべき年に、東京リーダーターフェルさんに大変ご苦労をおかけしそうな新作を書いてしまいました。副指揮者鄭基成さんから「西洋近代詩の我が国への受容を、翻訳詩集で見直したい」との、言語学者らしいご提案があり、『ランボオ詩集』を読んだのがそもそもの始まりでした。
樋本英一先生はこれを受け入れ、団員の方々にはおそらく叱咤激励を送りつつ、また類まれな目力とオーラを放つ上杉清仁氏を“ランボーの影”として起用されました。そして技術局長池野洋臣さんは新作のために、すてきなキャッチコピーを考えて下さいました。
「世界劇場」。
ランボーの詩世界を言い得て妙、そう思いました。本作がそう聴こえるか、今までにない不安といつにない大きな期待のうちに、私も初演の日を迎えます。

以下、本作の解題、作曲ノートです。
若い頃からずっと理解できないと思っていたランボーの詩世界が、ようやく分かってきた気がします。
中原中也は、ランボーを「パイヤン(異教徒)」と呼んでいます。キリスト教文化圏の縁の外に居る異人という意味に、私は受け取っています。ランボーの詩作は16歳に始まり20歳で終わりました。その後は詩作を捨てて異境で商人として生き37歳で亡くなりました。長くない人生の前半、ランボーは“言葉の人”でした。『母音』を駆使する人ですね。
〈プロローグ〉は、その宣言のような曲です。
さて、ランボーは異教徒として、また言葉の人として何を書いたのでしょうか。
小林秀雄は、ランボーの言葉『詩人は、あらゆる感覚の、長い、限りない、合理的な乱用によって千里眼になる。』を引用しつつランボーにとって詩とは、「見た物を語る事であった。」と評しています。つまり、その詩はロマンティシズムでも象徴派でもなくサイコロジカルでもない。彼は普通の人間には不可能な眼差し、感覚の研ぎすましによって何かを観、それを記述した。
彼が観たものを、中也は『季節』=時間 と『城寨』=空間 という象徴的な意味と捉え訳しています。疾走する森羅万象が観えたのだと想像します。私のイメージでは、人が死ぬ瞬間にパノラマ、走馬灯のように観るという“人生回顧”はそんな風なのではないかと。それを青年ランボーが観た。観てしまった。
〈季節よ、城よ…〉のオスティナートは、疾走の速度感を表現しようとしています。
後半生は異境に生きたと書きましたが、ランボーは少年時代からもう放浪する人でした。われわれ男という人種は誰でもそんな性癖を持っていそうなので、感覚的に分かります。しかしランボーのそれは、正に筋金入りだったらしい。
〈わが放浪〉は少年ランボーの最初の故郷脱走、放浪風景のようです。こんな体験によって、彼は『千里眼』を自ら培っていったのでしょう。どこか寂しく、でもうきうきした気分を感じていただければと思います。
宇佐美斉はこの詩について、「詩的常套句に卑俗な日常語をぶつけたりからみつけたりすることによって、軽い自己揶揄の調子を終始見事に生み出している。」と評しています。
さて『千里眼』を持つ詩人が、全ての欲望は幻想にすぎないがしかし切実な男の性的欲求と、大地に根ざして日常に生きる現実的な女の思いのズレるさまを、見逃すはずはありません。ランボーはヴェルレーヌとの愛憎生活を経験したほどですから、男の欲望について客観的に熟知していたことでしょう。おそらく女についても。
〈ニイナのこたえは〉は、粗野な欲望と滑稽さがないまぜになって走っていきます。中間部にはしびれるような陶酔があり、最後は笑いたくなるような乱痴気騒ぎになります。早口で歌われる情景は、かつえた男の眼に映る、意外に健康的な田舎の風景のようでもあります。
堀口大學は、この長大な詩の「最後のニナのひと言は、冷水三斗、のぼせあがった若者の情熱を一瞬にして吹っとばす威力を持つ。」と書いています。
〈エピローグ〉は挽歌のような響きでゆったりと歌いますが、実にこれは高校生のランボーが書いた詩です。夏、生きとし生けるものたちがみな瑞々しく在る風景、まさに青春のさかりに人生の終わりをかすかに感じさせる、不思議な詩です。
リーダーターフェルさんの平均年齢は、私と同じ位か少し上と伺っております。老年期に入ったわれわれが今懐かしむのは、充実していた壮年期より、未来がみえないまま青臭い野草を踏んで歩いていた、あの青年期ではないでしょうか。
私のノートはここまでです。最後に、訳詩者である中也の(これ自体が詩のような)一文を、紹介させて下さい。

——所で、人類は「食ふため」には感性上のことなんか犠牲にしてゐる。ランボオの思想は、だから嫌はれはしないまでも容れられはしまい。(中略)云換れば、ランボオの洞見したものは、結局「生の原型」といふべきもので、謂はば凡ゆる風俗凡ゆる習慣以前の生の原理であり、それを一度洞見した以上、忘れられもしないが又表現することも出来ない、恰も在るには在るが行き道の分らなくなつた宝島の如きものである。——

参考文献
中原中也訳:ランボオ詩集(岩波文庫)、小林秀雄訳著:ランボオ詩集(創元ライブラリ)、
宇佐美斉訳:ランボー全詩集(ちくま文庫)、堀口大學訳:ランボー詩集(新潮文庫)

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