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2015年11月18日 (水)

リーダーターフェルさんへの手紙

先日の練習立ち合い、ありがとうございました。

東京リーダーターフェル1925さんの演奏レヴェルの高さに、すぐに気づかされました。そんな皆さんの戸惑いが、どこら辺にあるのかも、です。
リーダーターフェルさんは創立90周年を迎えられますが、これは日本の西洋音楽の歴史とほぼ重なります。すごいことです。敬意を表しております。
ただ、日本のこれまでの西洋音楽、文化の受容について、私はまだまだと思っております。
鄭さんが「檄文」でその辺についても詳しく書いておられます。私なりに言うと、西洋人のすごいところは絶えざる自己革新です。そのエネルギーによって物質を支配しようとし、また精神の深みに降りていこうとします。
ランボーもそのひとりです。その詩魂にうたれた鄭さんの内面的な“精子”が私の音楽的“卵子”と結んで生まれたのが、『季節よ、城よ…』といえるでしょう。
(私がヴェルレーヌで鄭さんがランボーだったのか、あるいはその逆か…)

鄭さんが引用されていたランボーの言葉で、私がこれを作曲していた頃を思い出し共感した一言。《俺は拷問のさなかに歌を歌っていた人種の出なんだ》

最後にもう一言。
プロローグと2曲めまでは、この作品への入り口と世界観の表明です。3曲めはユーモアを忘れずに。とてもお上手です。4曲め、われわれは常日頃悟性によって病んでいる、そこからの解放と思っていただいたらいかがでしょう。エピローグはいわゆる歌ですね。短いですが朗々と歌って下さい。

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コメント

1973年9月、チリ、サンティアゴ。軍事クーデターのさなか、ひとりのが虐殺されたフォルクローレ歌手ビクトル・ハラのことを思い出しました。彼も詩獣の一人でした。ハラは逮捕された人々を励まそうと、スタジアムでギターを取り歌い始めましたが、怒った軍人たちは彼のギターを取り上げ、なおも歌い続ける彼の手を順に切り取りましたが、それでも彼は死ぬまで歌い続けました。拷問されながら詩を書くものが生まれなければならない世の中がふたたび来るような気がします。

投稿: 鄭基成 | 2015年11月18日 (水) 10時33分

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